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見える歴史 vol.2 「承久の乱」

約 3 分
見える歴史 vol.2 「承久の乱」

MobilExSchoolがお送りする「見える歴史」。
歴史を上手に使う「歴使者」が、学校の授業で勉強した以来「むかし」と「いま」のつながりを見失ったひとたちに見せる、歴史コラムの第二弾です。

【今日は何の日】 「承久の乱」

承久3年(1221年)6月5日に、後鳥羽上皇が鎌倉幕府の中心人物の北条義時を追討する命令を出しました。
二年前に暗殺された将軍後継の問題をきっかけに朝廷と幕府の緊張が高まっていたことが背景にあります。

後鳥羽上皇は朝廷側の武士を集めました。その数1,700余。『承久記』や『吾妻鏡』などの史料では、ここで北条政子による“皆心を一にして奉るべし。これ最期の詞なり…”の演説があったとされています。朝廷に刃を向けるということは朝敵とみなされること。そのようなことは絶対に許されない時代に、幕府側の武士たちの動揺を抑え、さらに士気を鼓舞して名演説です。北条義時は倒幕の命令を出した後鳥羽上皇に宣戦布告。進軍を開始します。幕府軍は進軍の途中で徐々に兵力を増し、最終的には兵力190,000余騎に達していたといいます。幕府軍は北陸道、東山道、東海道から進軍し、朝廷軍は大敗します。
その後、後鳥羽上皇は隠岐島へ流されました。この事件が歴史に残した大きな影響とは、朝廷と幕府のパワーバランスが崩壊し、幕府が優勢になり、朝廷の権力は制限されるようになったことです。次第に、幕府が皇位継承に影響力を持つようになります。

796年前の6月5日をきっかけに、平氏や源氏が築いた武士の地位は、朝廷を倒すことで確実なものになり、1868年まで続く武士の時代がはじまったのです。
(日付は新暦です)

【今日の名言】 “施して報を願わず、受けて恩を忘れず”

大隈重信の言葉です。佐賀の武士から明治政府で内閣総理大臣までのぼりつめた人物です。この言葉は「人に施しや親切をおこなったときは、そのお返しを願ってはいけない。また、施しや親切を受けたときは、その恩を忘れてはいけない。」ということです。

北条政子の演説の中にもある「御恩と奉公」の関係性は、鎌倉幕府の成立基盤としてだけではなく、室町幕府や江戸幕府でも機能しました。

【今日のことわざ】 “驕る平家は久しからず”

意味は 「思い上がった振る舞いをする者は、長く栄えることはなく、いずれ滅びる」 ということです。

『平家物語』の「驕れる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし」に基づくことわざ。平氏は権勢におごりたかぶり、源氏に滅ぼされました。そのことを天皇時代に見ていたはずの後鳥羽上皇もまた、自身の権力の前に全てを平伏すことができると慢心したために、北条義時に敗れてしまいます。

勢いが盛んなときほど、慎まなくてはいけないという戒めを歴史が教えてくれています。

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