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見える歴史 vol.6 「ローマ皇帝ネロが結婚」

約 3 分
見える歴史 vol.6 「ローマ皇帝ネロが結婚」

MobilExSchoolがお送りする「見える歴史」。
歴史の知識をつけるのではなく、歴史から考える場をつくる「歴使者」は世界の歴史、とくに古代から中世の時代が好きです。昨日に続きローマ帝国にまつわるお話。歴史コラム第六弾です。

【今日は何の日】 「ローマ皇帝ネロが結婚」

53年6月9日、ローマ帝国第5代皇帝のネロがオクタウィアと結婚しました。

ネロ帝といえば、歴史が好きな人ならば、暴君として後世に名を残した人物だと理解していると思います。異母兄弟を殺し、母を殺し、妻を殺し、ローマの大火の犯人としてキリスト教徒を迫害したことなどが、その所以です。

歴史の評価は時代によって、人によって変わるものです。

実母アグリッピナは幼いネロを連れ子に、先代皇帝の後妻になりました。母アグリッピナは権力欲の強い人物で、息子ネロを皇帝にするために先代皇帝の実娘オクタウィアと結婚させ、連れ子から一気に皇位継承に最も近い人物にしました。

ネロは皇帝即位後も権力欲の強い母アグリッピナに振り回され、しだいにその存在を疎ましく思うようになります。すると母アグリッピナは、先代皇帝の実子で、ネロの異母兄弟にあたるブリタンニクスに近づくようになります。それに気づいたネロは異母兄弟ブリタンニクスを毒殺してしまいました。

ますますネロは母アグリッピナとの対立を深め、59年には母を暗殺するのです。

もともと母の計略によって結婚させられた妻オクタウィアとの関係は悪く、母の死後にはネロは妻オクタウィアと、不妊を理由に、離婚。そして、オクタウィアに対し、不倫の罪をでっちあげて自殺に追い込みました。

オクタウィアが死んだ日にちは、6月9日。ふたりが結婚してからちょうど9年後のことでした。

その後、ネロ帝は国家の敵として国民に追い詰められ自害します。オクタウィアが死んだ6年後の6月9日でした。

ネロは暴君として伝えられていますが、ローマの大火からの再建、貨幣鋳造、反乱の鎮圧など評価される政策も多いうえに、芸術にも造詣が深かった人物です。

彼は、歴史上の人物のなかでも、歴史には多かれ少なかれ後世の人間の主観の部分があることを気づかせてくれる人物のひとりです。(日付は旧暦です)

【今日の名言】 “一国の暴政は必ずしも暴君暴吏の所為のみに非ず、その実は人民の無智を以て自から招く禍なり”

これは福沢諭吉の『学問のすゝめ』の一節です。
無智ではいけないのです。

【今日の四字熟語】 “暴君暴吏”

意味は 「乱暴で、人の道からはずれた行為をして、人々を苦しめる君主や役人(吏)」 ということです。
類義語には「貪官汚吏」、対義語には「賢君忠臣」や「明君賢相」があります。

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