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見える歴史 vol.12 「大森貝塚の発見」

約 3 分
見える歴史 vol.12 「大森貝塚の発見」

MobilExSchoolの地元、大森は日本考古学発祥の地として有名です。本日の歴史コラムは大森が舞台です。「見える歴史」の第12弾、スタートです。

【今日は何の日】 「大森貝塚の発見」

1877年6月19日、横浜に上陸したばかりのアメリカ人動物学者のエドワード・S・モースが横浜から新橋へ向かう途中、大森駅を過ぎたところで、列車の車窓から見える崖に、貝殻が積み重なっているのを発見しました。
モースは日本政府から正式に許可をもらい、その年の9月と10月に発掘調査を開始します。大森貝塚の発掘にはハインリヒ・フォン・シーボルトという人物も関わっています。この人物は、日本の歴史では「シーボルト事件」で有名なドイツ人医師シーボルトの息子です。彼は考古学に精通していましたが、学者ではなく外交官として日本で働いていました。大森貝塚は同時期に二人の外国人によって発掘され研究されていましたが、ハインリヒは本業である外交官業務が忙しくなり研究から遠ざかります。
モースは論文を『ネイチャー』誌に寄稿し、モースが教壇に立っていた東京大学は政府に発掘調査の独占権を要請し、大森貝塚の研究はモースが中心になっておこなうことになりました。のちにモースは、日本の考古学の基礎をつくったといわれるようになります。
しかし、考古学という言葉自体は、先のハインリヒが出版した「考古説略」が最初だといわれています。
大森貝塚には、近い距離に二つの碑があります。これは発掘地点に品川区説大田区説の2つが存在していたためです。モースが報告書に大森村と記述したことが原因です。のちに、政府が発掘現場の土地所有者に調査の補償金を支払った文書が発見されたことで、現在はモースが発掘調査したのは品川区側であったことがわかっています。
(日付は新暦です)

【今日の名言】 “考古学は、総合的な知識を総動員して行う「科学」です。”

日本の考古学者で早稲田大学の教授、吉村作治の言葉。
考古学は、文献に基づく研究の歴史学とは異なるものなのです。

【今日のことわざ】 “温故知新”

意味は 「過去のことをよく研究して、改めて新しい知識や意義を導き出す」 ということです。

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