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見える歴史 vol.16 「慰霊の日」

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見える歴史 vol.16 「慰霊の日」

今日は「慰霊の日」です。忘れてはいけない最寄りの戦争の歴史。日本が戦場になった歴史のつながりを見える化しました。歴史コラム第16弾です。

【今日は何の日】 「慰霊の日」

1945年6月23日、沖縄守備軍司令官牛島満が摩文仁司令部で自決し、沖縄戦の組織的抵抗が終わった日で、沖縄県では慰霊の日と定めている日です。

太平洋戦争中、沖縄を戦場とし、日米の最大規模で最後の戦闘が沖縄戦です。72年前のとても身近な歴史です。

戦力は日本軍およそ116,000人、アメリカ軍を中心とした連合軍およそ548,000人。
損害は、死者と行方不明者を合わせて、日本側188,136人、連合軍側14,088人。
日本側の死者と行方不明者には民間人およそ94,000人を含みます。
約半数が民間人なのです。

日本軍は残存する航空部隊のみならず艦隊による「沖縄特攻」を実施、一方で連合軍による「鉄の暴風」で沖縄の地形は変わりました。
沖縄戦では14歳から16歳の子どもたちからなる鉄血勤皇隊や女子学生で組織されたひめゆり学徒隊白梅学徒隊などの悲劇を生みました。

歴史上、日本が戦場になったことは数少ない出来事になります。日付の偶然ですが、沖縄戦終結よりも664年前の1281年6月23日、元軍(モンゴル帝国軍)が日本に侵攻してきました。二度目の元寇にあたる弘安の役です。

元寇は、神風とされる暴風雨に見舞われた元軍の撤退で終了したと言われていますが、実際には対馬や壱岐の住民は元軍に虐殺されています。一度目の文永の役では、元軍は博多湾に上陸をしていて、菊池武房竹崎季長ら日本軍と衝突しています。日本の武士たちの活躍によって上陸した元軍は敗走しました。

当時の元軍は世界史上最大規模の艦隊を派遣したとされています。しかし、二度とも台風に合い、沖に停泊していた元軍は損害を受けて日本侵攻を断念します。
この出来事が、太平洋戦争時の神風特別攻撃隊の思想につながっているのです。

歴史の繋がりを感じる2つの時代の争いの出来事を紹介しました。
(日付は新暦です)

【今日のことば】 “人が人でなくなるのが戦争です”

牛島満司令官の孫の牛島貞満氏の言葉。

祖父牛島満と同様に教育者で、小学校で教壇に立ちながら沖縄で平和授業をおこなっています。
2005年の琉球新報より。

【今日のことわざ】 “兵は凶器”

意味は 「武器というものは人を殺したり傷つけたりする悪い道具であるということ。さらに、戦争は人を損なう悪事である」 ということです。

兵は武器や戦争を意味しています。

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