MobilExSchool

未来をひらくための学校

見える歴史 vol.20 「おくのほそ道:平泉」

約 3 分
見える歴史 vol.20 「おくのほそ道:平泉」

「月日は百代の過客にして、行きかふ年も又旅人也」とは『おくのほそ道』の冒頭に出てくる一文です。
月日というのは、永遠に旅を続ける旅人のようなもので、来ては去り、去っては来る年もまた同じように旅人のようなものであるという意味です。すると人生そのものが旅で、それを生きている自分は旅人だということになると思います。
歴史コラム第20弾、歴史の旅のはじまりです。

【今日は何の日】 「おくのほそ道:平泉」

1689年6月29日、同年春に隅田川のほとりの芭蕉庵を出発した松尾芭蕉は、岩手県南部にある平泉に到着しました。
「三代の栄耀一睡のうちにして、大門の跡は一里こなたにあり」から始まる『おくのほそ道』の平泉編。有名な「夏草や 兵どもが 夢のあと」「五月雨の 降り残してや 光堂」は平泉で詠まれました。

平泉は、平安時代に奥州藤原氏という一族が支配した土地です。藤原清衡、基衡、秀衡の親子三代のときに最盛期を迎えました。しかし、当時、関東で勢力を拡大していた源頼朝が政権を安定させるために、脅威である奥州藤原氏を攻めて一族を滅ぼしました。
合戦によって建物は破壊され、繁栄していた平泉一体は荒野となりました。

この奥州合戦からちょうど500年がたった1689年に、松尾芭蕉はこの地を訪れて、奥州藤原三代の栄華、それを打ち破った源頼朝から始まる武家政権に思いを馳せ、草木が覆い茂っている痕跡を目の前にして、人の世の興亡を夢のようであると儚んだ句を読みました。一方で、中尊寺の金色堂だけは、500年の歳月を耐えて、かつての姿をとどめていたことに感動して、もうひとつの句を詠んだのです。松尾芭蕉は平泉で無常観存命の喜びの二つの感情を感じたのだと思います。無常観をよく表した日本の中世文学では「祇園精舎の鐘の声」で始まる『平家物語』や吉田兼好、鴨長明、西行などの歌人たちが有名です。とくに西行について、松尾芭蕉が崇拝した歌人であり、彼は西行の500回忌にあたる年におくのほそ道の長い旅を始めたといわれています。
平泉は2011年6月に世界遺産に登録され、震災間もない東北地方や日本に元気を与えました。
(日付は新暦です)

【今日の名言】 “古人の跡を求めず個人の求めたる所を求めよ”

松尾芭蕉の言葉。

過去の偉大な人物の実績のぬけがらを追い求めるのではなく、その古人の理想としたところを求めなさいという意味です。

【今日のことわざ】 “諸行無常”

意味は 「この世に存在するすべてのものは、同じ状態を保つことなく移り変わっていき、永久不変なものなどない」 ということです。

仏教思想の根本的なもの。変化を恐れずに生きていきたいものです。

About The Author

MobilExSchool
老若男女がここでしか味わえない体験を通して、色々と変わりゆく時代を賢く明るく主観的に生きる力をつけるための学校です。

それは毎日が夏休みのような楽しい体験。

名前の由来は、

「mobile」=移動式

「ex」=体験

「school」=教室

ここで起きる全ての体験が学びです。
Follow :

コメントを残す

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。