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自由を求めて…

約 3 分

フランスの市民が自由を求めて立ち上がりました。時代おくれの社会のしくみ、その代表である王政をぶち壊した市民。多くの血が流れたそのうえに自由がある歴史コラム第31弾。

【今日は何の日】 「自由を求めて…」

1789年7月14日、バスティーユの牢獄を襲撃して、政治犯を解放。フランス革命がはじまったのです。

国王と対立する勢力を捕らえていたバスティーユ牢獄。古い体制の象徴とされた建物です。市民たちは権利と自由を求めて、その建物を襲撃したのです。

18世紀になるとヨーロッパ各地で権力者による厳しい支配から人間を解放しようとする考え方が急速に広まっていました。それまで市民は身分によって差別されていたのです。フランスでは一番下に位置付けられていた人々が議会を発足して、憲法の制定と国王による議会の承認を王政に求めました。他の身分の市民たちもこれに理解を示して合流しはじめた革命前夜です。

国王はそれに対して軍隊を配備しフランス国内は緊張しました。第三身分でありながら財政顧問として活躍していたジャック・ネッケルが見せしめのようにクビにされたことをきっかけに、怒った市民は7月14日に暴動をおこしたのです。

この暴動は鎮圧されることはなく各地へ飛び火。貴族や聖職者などの特権階級の人間たちは国外へ逃げていきました。国王ルイ16世と王妃マリーアントワネットも国外逃亡を図りましたが、途中で市民に見つかりパリへ連行されます。そしてついに市民は憲法と議会を国王に認めさせるのです。この状況にヨーロッパ各国は焦り、フランス革命に武力で介入しますが、市民たちが追い返します。

フランスの市民たちは、普通選挙をスタートさせ、王政を廃止して共和制を成立させました。そのなかでルイ16世が国民を裏切ってきた証拠が暴かれると、ルイ16世の罪を裁くための会議では、わずかに賛成数が上回り死刑が議決され、妻マリーアントワネットとともに断頭台で処刑されるのです。

断頭台、つまりギロチンは、フランス革命時期によく使用された斬首刑の執行装置です。フランスでは多くの人間が断頭台の露と消えました。一見残酷なイメージの装置ですが、絞首刑に比べると苦しみが少なく人道的な死刑装置と考えられていました。その証拠にフランスでは20世紀末頃まで使用されていたほどです。

フランス革命時期に歌われていた歌があります。この歌は革命期中期の1795年の7月14日の会議にて国歌として採用されました。その名も『ラ・マルセイエーズ』。現在でもフランスの国歌としてあります。フランス革命のときに歌われていたことから想像できるのですが、歌詞はフランス革命の出来事をなぞっているような内容です。日本語訳するとなかなか強烈な言葉が出てきます。でも多くの人の犠牲のうえに現在のフランスがあるということを意味しているのだと、フランス革命をはじめとした歴史を知っているからこそ、考えることができるのです。
(日付は新暦です)

【今日の名言】 “青春は恋と革命です”

瀬戸内寂聴の言葉。革命にはフランス革命のようなものもあれば青春のようなものもあるということです。

【今日のことわざ】 “有為転変”

意味は 「世の中のすべてのものが絶えず変化して、しばらくの間も同じ状態にとどまることがない」 ということ。時代も移り変わります。

About The Author

ウルサイ株式会社,モバイルスクール歴使家Kentaro Taga
「おもしろきこともなき世をおもしろく」と病床の幕末の志士が読みました。
看病していた尼が「すみなすものは心なりけり」と返しました。
ぼくはあなたにとってそんな尼のような人間になりたいと思っています。
すべては自分のこころしだい。

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