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インディアナ・ジョーンズは実在した?

約 4 分

映画『インディー・ジョーンズ』に憧れたキッズは多いのではないでしょうか。大人になるにつれて彼のような考古学者は実在しないことを思い知っていくのですが、実は存在していたのです。歴史コラム第36弾いきます。

【今日は何の日】 「インディアナ・ジョーンズは実在した?」

1911年7月24日、アメリカの探検家で考古学者のハイラム・ビンガムがペルーでマチュ・ピチュ遺跡を発見しました。ハイラム・ビンガムこそ映画『インディ・ジョーンズ』の主人公インディアナ・ジョーンズ博士のモデルだと言われています。

ハワイ王国時代のホノルルに生まれたビンガムはイェール大学やカリフォルニア大学で学び、歴史学と政治学の学位を取得し、そのままイェール大学で教壇に立ち歴史を教えていました。

あるとき、古いスペイン貿易ルートを探検していたときにペルーに立ち寄り、インカ文明の遺跡に魅せられました。そこでビンガムは1911年にイェール大学でペルー探検隊を組織して、ペルーに入り山の上にマチュ・ピチュ遺跡を発見するのです。

彼のマチュ・ピチュ遺跡に対する情熱は激しく、3回の発掘調査のあとに、マチュ・ピチュ遺跡についての論文や書籍を数多く発表し、なかでも『失われたインカ都市』がベストセラーになりました。
彼の調査結果によって、マチュ・ピチュには太陽を崇める神官たちが統治していたとか、太陽の処女たちが生贄にされたといった内容が定説になりました。

第一次世界大戦がはじまると学者をやめて軍人、知事、政治家をつとめて活躍し、1956年6月に自宅で死去しました。
彼の死後でも、彼のインカ調査の影響力はとても強く、死後40年以上残っていました。ひとえに彼の情熱的な文章のおかげ。
しかし、それが長らくマチュ・ピチュ遺跡のその後の研究を妨げになっていたのも事実。最近の研究では、ハイラム・ビンガムの調査結果とは異なる研究結果がいくつか発表されています。

まだまだ解明されていない多くの謎をもったマチュ・ピチュ遺跡をはじめとしたアンデス文明。その多くは文字をもたないため史料がなく遺構を発掘することで当時の暮らしを想像し推定するしかないのです。
これが考古学の魅力なのだと思います。

考古学の発掘調査をトレジャーハンティング的冒険活劇に描いて人気の『インディ・ジョーンズ』。
映画作品第1弾のサブタイトルは『失われたアーク』。舞台となる国は異なっていても著書タイトル『失われたインカ都市』と似ているところもおもしろいですね。
主人公のインディアナ・ジョーンズは大学で教鞭をとるかたわら、古代文明の秘宝を求めて冒険に出かけます。ハイラム・ビンガムと同じなのです。

「ジョーンズ博士」は冒険に出ると「インディアナ」になり「スーパーヒーローではないヒーロー」になります。彼はミスをすれば傷つくし、皮肉屋でロマンティストな人間です。
実は、モデルになった人物は、ハイラム・ビンガムの他に10人ほどいるのですが、それだけのモデルのかけあわせで、魅力あるキャラクターが生まれているのです。
(日付は新暦)

【今日の名言】 “人間というものは、進歩に進歩を重ねた挙げ句の果てに、文明となづけられるものの行きすぎのために自滅して斃れててしまう日が来るように思われる”

ファーブルの言葉。

【今日のことわざ】 “文明開化”

意味は 「西洋先進国の文物、産業、制度などを積極的にとり入れて文明が進み、急速に近代化する」 ということ。
必ずしも欧米化することが近代化ではないことは歴史を学ぶことで気づく視点です。

About The Author

ウルサイ株式会社,モバイルスクール歴使家Kentaro Taga
「おもしろきこともなき世をおもしろく」と病床の幕末の志士が読みました。
看病していた尼が「すみなすものは心なりけり」と返しました。
ぼくはあなたにとってそんな尼のような人間になりたいと思っています。
すべては自分のこころしだい。

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