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幻の東京オリンピック(Vol.41)

約 3 分

【今日は何の日】 「幻の東京オリンピック」

1936年7月31日、国際オリンピック委員会が、当時「五大国」のひとつだった日本の首都、東京で夏季オリンピックの開催を決定しました。

史上初めて欧米以外の有色人種国家であり、アジアで行われる五輪大会、そして紀元二千六百年記念行事として準備が進められていたものの、中国国内で日本軍と中国軍が軍事衝突し、日中戦争が勃発したことから日本政府は1938年7月にその実施の中止を決定しました。
1940年大会の代替地として、オリンピックの招致合戦で東京の次点であったヘルシンキでの開催を決定。しかし、第二次世界大戦の勃発によって、こちらも中止となりました。

夏季大会は開催の返上や取りやめの場合でも第1回からの通し回次番号がそのまま残るために、公式記録上では東京およびヘルシンキの1回は「みなし開催」となっています。
次の開催予定の1944年のロンドンオリンピックも第二次世界大戦の影響で中止になっています。ロンドンは次回に繰り越して1948年にロンドンオリンピックが開催されています。

日本は第二次世界大戦での敗戦後、1960年の夏季大会に東京を開催地として再び五輪開催地として立候補しました。そして東京での開催は「東京五輪」として1964年に実現。これがアジアで初であると同時に、有色人種国家初のオリンピック開催となりました。
出場国数は過去最高で、歴史的には、第二次世界大戦で敗戦し急速な復活を遂げた日本が、再び国際社会に復帰するシンボル的な意味を持つオリンピックでした。

開会式は1960年の10月10日に行われ、この日は1966年以降「体育の日」として親しまれるようになりました。現在では「体育の日」は2000年のハッピーマンデー制度により10月の第2月曜日になっています。

1936年7月31日の東京オリンピック開催決定についての報道で、読売新聞が見出しの文字数制限からオリンピックを略そうと考えたのが「五輪」言い換えの始まり。オリンピック旗の五つの輪と宮本武蔵の『五輪書』からこの略称を思いついたといわれています。
(日付は新暦)

【今日の名言】 “大和魂を世界に示したかった”

1964年東京五輪のレスリングフェザー級の選手、渡辺長武の言葉。
当時のオリンピックに対する国民の注目度と期待度は現在とは比べものにならないくらい大きいものでした。渡辺氏は「高速道路ができて、新幹線が走った。東京が変わっていった。青山通りなんか、いきなり道幅が倍になったんだ。驚いたと同時に、日本人はすごいと思った。そんな日本人の強さを世界に見せたかった。だから、大和魂という言葉が出てきたんだと思う」と語っています。

【今日のことわざ】 “一念天に通ず”

意味は 「やり遂げようとする堅い決意さえ持っていれば、その意志は天に通じて不可能と思われることでも実現できる」 ということ。

About The Author

ウルサイ株式会社,モバイルスクール学校長,歴使家多賀 健太郎
「おもしろきこともなき世をおもしろく」と病床の幕末の志士が読みました。
看病していた尼が「すみなすものは心なりけり」と返しました。
ぼくはあなたにとってそんな尼のような人間になりたいと思っています。
すべては自分のこころしだい。

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