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未来をひらくための学校

横浜、大阪、そして銀座のビアホール。(Vol.45)

約 2 分

【今日は何の日】 「横浜、大阪、そして銀座のビアホール。」

1899年8月4日、東京の銀座8丁目に「恵比寿ビヤホール」が開かれました。運営するのは日本麦酒醸造株式会社(現サッポロビール)。このときに初めてビアホールという名称が使われました。

恵比寿ビヤホールでは、ビール500mlが10銭で販売されていました。当時は、もりそば1枚、コーヒー1杯が1~2銭、食パンが5~6銭程度でした。外観は2階建ての煉瓦造り、35坪のスペースには、入口から向かって左側にカウンターを設け、イスやテーブルはビールの樽材でつくられ、また酒器はガラス製のジョッキで、当時としては極めてモダンな店でした。

こちらの2年前には、大阪で大阪麦酒株式会社(現アサヒビール)が「アサヒ軒」を開きました。ビールと洋食を楽しめるお店で本格的なビアホールのスタイルはこちらが先。さらにさかのぼること1875年に、横浜でスプリング・バレー・ブルワリー(現キリンビール)の創始者のコープランドによって、工場に隣接する自宅を改装して開かれた「スプリング・バレー・ビヤ・ガーデン」は半屋外型ですが、ビアホールのはしりだったといわれています。

日本でビールがつくられるようになったのは明治時代になってから。それまでは外国人の飲み物。それを日本人にとって「とりあえず生」という言葉まで生み出し、大人気のお酒にまで育て上げたのはビアホールだといっても過言ではありません。日本のビールの歴史を陰ながら支えてきたビアホール。ビール史に想いを馳せながらビアホールで一杯はいかがでしょう。
(日付は新暦)

【今日の名言】 “俺が恋に落ちたことがあるのはビールと鏡だけ”

イギリスのバンド、セックス・ピストルズのベーシスト、シド・ヴィシャスの言葉。

【今日のことわざ】 “酒は天の美禄”

意味は 「酒は天からのすばらしい賜りもの」 ということ。
酒を飲むと、気分が高揚し、芸術的感興がわく。あ!良い事を思いついた!のそばにビールグラスがあります。

About The Author

ウルサイ株式会社,モバイルスクール学校長,歴使家多賀 健太郎
「おもしろきこともなき世をおもしろく」と病床の幕末の志士が読みました。
看病していた尼が「すみなすものは心なりけり」と返しました。
ぼくはあなたにとってそんな尼のような人間になりたいと思っています。
すべては自分のこころしだい。

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