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夢を追うことを恐れるな(Vol.46)

約 3 分

【今日は何の日】 「夢を追うことを恐れるな」

1821年8月7日、伊能忠敬らによって作られた日本地図「大日本沿海輿地全図」が江戸幕府に献上されました。

伊能忠敬といえば先日テレビ番組でも取り上げられていた人物。彼の業績で最も有名なものは「大日本沿海輿地全図」を完成させて、国土の正確な姿を明らかにしたことです。

しかし彼にはこれ以外にもたくさんのエピソードがあります。

もともと天文学者になりたかった伊能忠敬。千葉の漁師の家に生まれ、隣町の富豪で酒造家の婿養子になったときに伊能姓に変わりました。
天文学を勉強したかったけど家業を断れず、酒を売る商売を始め、しっかりと結果を出しています。
さらにお金が足りない人にはお金を貸し、土地が足りない人には土地を貸す金融業を始めて大ヒットし、村長にもなりました。

伊能忠敬は頼まれた仕事を断れない性格だったといわれています。伊能忠敬だけではなく多くの日本人は現代でも頼まれたことを断れない人が多いようです。
目の前のことに追われて、まわりのしがらみにとらわれて、本当の夢を追いかけることを諦めてしまうのだと思います。

間もなくして、1782年から1788年に冷害による天明の大飢饉が起きます。追い討ちをかけるように浅間山が大噴火したことで大凶作に。死者は全国で90万人超。日本近世では最大規模の飢饉だといわれています。

しかし、伊能忠敬が村長を務めていた村では死者が出ませんでした。理由は伊能忠敬の天文学の知識にありました。噴火の前から異常気象が起きていたため、飢饉を予想し、早くから米を仕入れていました。当初はその行為は非難されたものの、いざ飢饉になると、蓄えていた米を村人に無性で配りました。

その後、伊能忠敬は功績を評価されて武士の身分になりました。
これこそが夢を追い忘れる人の典型だといいます。与えられた場所で結果を出してしまう。仕事が忙しすぎて、そのほとんどの人が自分の能力が足りないから時間がないのだと追い詰めてしまう。

伊能忠敬は50歳になったころ、31歳の天文学者で幕府天文方の高橋至時に弟子入りします。それから日本全国を測量の旅に出ます。
日本国内を移動するのが困難な時代に、幕府の許可のもと日本の地図を作るという大義名分を持って、かねてからの夢であった天文学のフィールド・ワークを果たすのです。

結果として「大日本沿海輿地全図」の完成に貢献しただけではなく、地球の大きさを測量することにも成功しました。伊能忠敬が算出した地球の大きさは39,852km。これは実際の大きさと比べると誤差は約150kmになります。

夢を追うことを恐れない。夢はいつだって追い求めることができるということを伊能忠敬は教えてくれます。
(日付は新暦)

【今日の名言】 “あきらめたらそこで試合終了ですよ”

『スラムダンク』神奈川県立湘北高校バスケットボール部監督安西光義の言葉。
夢を追い続けるみなさんへ。

【今日のことわざ】 “壮心不已(そうしんふい)”

意味は 「年をとっても志が衰えない」 ということ。
人生100年の時代に大切な言葉です。

About The Author

ウルサイ株式会社,モバイルスクール学校長,歴使家多賀 健太郎
「おもしろきこともなき世をおもしろく」と病床の幕末の志士が読みました。
看病していた尼が「すみなすものは心なりけり」と返しました。
ぼくはあなたにとってそんな尼のような人間になりたいと思っています。
すべては自分のこころしだい。

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