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富士山測候所記念日

約 3 分

【今日は何の日】 「富士山測候所記念日」

1895年8月30日、富士山頂に野中測候所が開設されました。大日本気象学会の野中至が私財を投じて建設したもので、現在の気象庁富士山測候所の前身となるものです。

野中到は日本の気象学者で、妻の千代子と共に富士山頂で最初の越冬観測を試みたことで知られています。富士山観測所の設立を思い立ってから、1889年には大学予備門、現在の東京大学を中退し、富士山での観測活動を開始しました。

1895年2月16日に富士山冬季初登頂を果たしてから、富士山頂での越冬が可能であることを確信した野中到は、私財を投じて測候用に約6坪の古屋をを剣ヶ峰に建てました。中央気象台、現在の気象庁の技師らも合流して観測を継続。間も無く妻の千代子も合流しましたが、野中夫婦は高山病と栄養失調で歩行不能になってしまいます。慰問に訪れた弟の野中清らによって野中夫妻の体調不良がわかり、中央気象台の技師らの救援で下山することができました。

越冬断念により十分な結果が得られませんでしたが、野中夫婦の活動は世間の注目を集めました。1899年には本格的な観測所の建設を目指し、富士観象会を設立し、富士山気象観測への理解と資金援助を呼びかけ、その後も絶えず登山し観測を続けました。

気象観測は、防災や健康管理、公共利用などに深く関係する気象予報に必要不可欠な作業です。気象現象のメカニズムを解明する上でも必要不可欠な基礎的手法です。また、気候の観測や研究においても、長期間の気象観測データが必要不可欠なのです。日本最高峰の富士山で気象観測すれば高山気象観測や台風の予報、また富士山登山者の人命保護に役立つものとして、とても期待されるものでした。

野中夫婦の事業はのちに中央気象台に引き継がれ、現在の富士山測候所は、2004年に無人化、自動化され、富士山特別地域気象観測所として稼働しています。

野中夫婦の想いは今も富士山頂剣ヶ峯で生き続けています。
(日付は新暦)

【今日の名言】 “晴れる日、曇る日、嵐の日。人生はお天気そのもの。人の運命はどうなるか分かりません。お天気同様、予測不可能ですよ。”

日本の気象解説者、福井敏雄氏の言葉。

【今日のことわざ】 “朝曇りは晴れ、夕曇りは雨”

意味は 「朝曇っているのは昼間晴れる知らせであり、夕方曇っているのは翌日雨になる知らせである」 ということ。
他にも天気を知らせることわざはたくさんあります。

About The Author

ウルサイ株式会社,モバイルスクール学校長,歴使家多賀 健太郎
「おもしろきこともなき世をおもしろく」と病床の幕末の志士が読みました。
看病していた尼が「すみなすものは心なりけり」と返しました。
ぼくはあなたにとってそんな尼のような人間になりたいと思っています。
すべては自分のこころしだい。

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