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「シルクロードの日」

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「シルクロードの日」

【今日は何の日】 「シルクロードの日」

1900年3月28日、スウェーデンの探検家・地理学者のスウェン・ヘディンが、廃虚になっていたシルクロードの古代都市・楼蘭が発見しました。楼蘭は現地名でクロライナといいます。現在の中国の新疆ウイグル自治区、中央アジアのタクラマカン砂漠の北東部に、およそ2000年前に存在していた都市です。

さまよえる湖ロプノールの西岸に位置し、オアシス都市としてシルクロードの要衝にあり、交易によって栄えた楼蘭ですが、ロプノールが干上がるのとほぼ時を同じくして国力が衰え、やがて砂漠の中に飲み込まれてしまいました。したがって楼蘭についての史料は少なく、発見されたミイラなどわずかな遺物や遺構から考古学的に確認されています。さらに楼蘭やクロライナという名称をはじめ、隣国の文献から楼蘭が歴史の中でどのように存在したか知ることができます。

楼蘭が存在していたのは、中国の当時の王朝は漢の時代。歴代の皇帝の中でも優れた皇帝のひとり武帝などが活躍した時代でもあり、隣国にある楼蘭は漢の栄枯盛衰に大きく影響を受けました。当時漢を脅かした匈奴という遊牧民族の狭間にあった楼蘭の王は、漢と匈奴のそれぞれに人質を送り貢納し、服属の意思を示しました。これは小国が生き残るためにおこなわれることですが、敵国同士の国に両属することは難しいことです。

あるとき楼蘭の王は漢の武帝に捕らえられました。そして漢の敵国である匈奴に服属していることを責められたのです。しかし、楼蘭王は毅然として楼蘭の置かれている状況を説明し、両属を認めないならば漢の領土に土地与え移住させて欲しいと交渉して、漢の武帝を納得させました。以後は漢の軍勢が楼蘭を守り、匈奴を退けました。楼蘭王の死後も中国王朝とは政治的に渡り合ったが、砂漠の中の水源の枯渇とともに国力が衰退し楼蘭は、文献にのみ見ることのできる伝説の都市となりました。

探検家のスウェン・ヘディンによる中央アジア探検は砂漠を行くもので、水不足などからキャラバン隊が壊滅したり、自身も死の淵を彷徨うことになるなど難旅行でしたが、その中で偶然に発見されたのが楼蘭です。ドイツの考古学者でギリシア神話に登場する伝説の都市トロイアを発見したシュリーマン然り、古代への情熱が人類の起源、その歴史を明らかにしていくのです。

【今日の名言】 「小国は大国の間にあり」-楼蘭王-

楼蘭王が漢王朝に捕らえられた際に武帝に発した言葉。小国の状況を一言で伝えています。小国は両属しなければ安心して存在することは出来ないということを述べて、臆することなく、両属を認めないならば漢の領土に土地与え移住させて欲しいと政治的交渉をおこないました。

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ウルサイ株式会社,モバイルスクール歴使家Kentaro Taga
「おもしろきこともなき世をおもしろく」と病床の幕末の志士が読みました。
看病していた尼が「すみなすものは心なりけり」と返しました。
ぼくはあなたにとってそんな尼のような人間になりたいと思っています。
すべては自分のこころしだい。

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