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「ゴッホの誕生日」

約 3 分

【今日は何の日】 「ゴッホの誕生日」

1853年3月30日、オランダ南部のズンデルトの村でフィンセント・ファン・ゴッホは生まれました。セザンヌらと共にポスト印象派と呼ばれ、印象派の作家などに影響を受けながら、自由な色彩や象徴性を表現し、後の野獣派や20世紀の表現主義にも大きな影響を与えました。

ちなみに、オランダ人名のvanはミドルネームではなく姓の一部であるために省略しません。日本では、これを省略してゴッホという呼び方が定着していますが、通常はファン・ゴッホと呼ぶほうが正しいのです。

画商や書店で働き、教師だったこともあるファン・ゴッホ。いろいろな食を転々としたのち、聖職者を目指しましたが挫折。そして27歳の時に画家になる決意をし、37歳で亡くなるまでに約2000点の作品を残していす。日本の浮世絵にも関心を持ち、収集や模写をおこなっていたこともよく知られています。しかし生前に売れた作品は『赤い葡萄畑』のみだったと言われています。晩年はゴーギャンと共に南フランスのアルルで同居しながら制作をおこなっていましたが、失恋や精神錯乱などから自らの耳を切り落とす事件などもあり、ゴーギャンとの関係も破綻。入退院を繰り返し、最期は1890年にピストル自殺し、短い生涯に幕を閉じました。

彼と彼の作品への評価は晩年から高まりつつありました。死後、回顧展の開催や書簡集や伝記の出版などを通じて急速に知名度が上がるにつれて、作品の市場での価値も急騰しました。伝記や映画によって「情熱的な画家」や「狂気の天才」といったイメージも作られて、ファン・ゴッホのファンは数多くいます。

第一次世界大戦後にはファン・ゴッホ作品の評価が確立し、第二次世界大戦後は近代絵画の価格水準が高騰したこともあり、『詩人の庭』が12億円で取り引きされました。彼の作品の市場構造を根本から変化させ、近代美術の価格を高騰させた出来事が、当時の安田生命(現損害保険ジャパン日本興亜)が『ひまわり』をオークションで落札したことです。その額、約58億円。1987年のロンドンのオークションハウスでの出来事。さらに1990年には日本の実業家、齊藤了英が『医師ガシェの肖像』を、ファン・ゴッホ作品最高額の約124億5000万円で落札。

そのとき日本はバブル景気に湧いていました。世界で円の価値も高く、日本の好景気が欧米美術市場に影響を与えたことは、とても興味深いです。

【今日の名言】 「大費いより小費い」

たまの大きな出費よりも、日常の細かな出費のほうが総額では大きな比重を占めるということで、大きなことよりも、むしろ小さなことに心を配ることが大切であるという教え。

About The Author

ウルサイ株式会社,モバイルスクール歴使家Kentaro Taga
「おもしろきこともなき世をおもしろく」と病床の幕末の志士が読みました。
看病していた尼が「すみなすものは心なりけり」と返しました。
ぼくはあなたにとってそんな尼のような人間になりたいと思っています。
すべては自分のこころしだい。

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