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「小笠原返還記念日」

約 3 分

【今日は何の日】 「小笠原返還記念日」

1968年4月5日、戦後アメリカに占領されていた小笠原諸島について、日米間で小笠原復帰協定が締結されました。これによって本土復帰が決定したことになります。

本土復帰したのは同年6月26日。現在小笠原村で返還祭が開催されているのは6月26日です。1945年から1968年までの23年間、小笠原諸島が沖縄と同じようにアメリカに占領されていたことを知らない人は多くいます。

第二次世界大戦後、日本と連合国諸国が戦争終結のために、1952年に結んだ平和条約、サンフランシスコ講和条約に基づいて、小笠原諸島のアメリカ占領が決定しました。このとき欧米系の旧島民129名は1946年に帰島が許されていました。しかし旧島民以外の多くの島民の帰島は許されませんでした。

アメリカ軍政時代には海軍の基地が設置され、物資の輸送は1ヶ月に1回、グアム島からの軍用船によって行われていました。欧米系島民は戦前の土地区画に関係なく、決められた区画に集められ、その多くは米軍施設で働いていました。島の子どもたちは、軍関係者の子どもたちのために1956年に設立されたラドフォード提督初等学校で、軍関係者の子どもたちと一緒に学び、高等教育はグアム島で行われたそうです。

東京首都圏から1,000km離れた太平洋上に浮かぶ約30の島々、小笠原諸島。東京都小笠原村。形成以来ずっと大陸から隔絶していたため、島の生物は独自の進化を遂げており、「東洋のガラパゴス」とも呼ばれています。1972年に一部の島や地域を除き小笠原国立公園として、国立公園に指定。1980年には国指定小笠原諸島鳥獣保護区に指定されました。そして2011年には世界自然遺産に登録され、同じく世界遺産に登録された岩手県の平泉の文化遺産とともに、東日本大震災後の日本に明るい話題を与えてくれました。

2018年、小笠原諸島は返還50周年の節目の年を迎えています。戦争によって壊されたものが元に戻ったことを純粋に祝うことができます。しかし小笠原の硫黄島の帰島問題や沖縄の基地問題など完全に元に戻っているものではないことも実感します。依然として戦後であります。そして小笠原にしても沖縄にしても、さらに時を遡れば、日本に帰属する以前の歴史があります。現在は同じ日本であるからこそ、前史も含めてその土地の歴史と、これまで積み重ねられてきた文化に最大限の敬意を寄せたいと思います。

知ることと、知ったうえで考えることは、豊かに生きるために必要なことです。

【今日の名言】 「三千年の歴史から学ぶことを知らぬ者は、知ることもなく、闇の中にいよ、その日その日を生きるとも。」 -ゲーテ-

ソクラテスもまた「勉学は光であり、無学は闇である」という。世の中には学びの素がいくらでも転がっています。いつの時代も「無知は罪」である。そう、これも誰かの名言です。

About The Author

ウルサイ株式会社,モバイルスクール歴使家Kentaro Taga
「おもしろきこともなき世をおもしろく」と病床の幕末の志士が読みました。
看病していた尼が「すみなすものは心なりけり」と返しました。
ぼくはあなたにとってそんな尼のような人間になりたいと思っています。
すべては自分のこころしだい。

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