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阿部定事件

約 3 分

猟奇的な阿部定事件が起きた日

1936年の5月18日、東京都荒川区で、芸者や娼婦を転々としていた阿部定が愛人の石田吉蔵を性行中に絞殺し、局部を切り取り持ち去った事件、いわゆるcです。
犯人の阿部定は二日後の5月20日に逮捕されましたが、事件の猟奇性ゆえに、新聞は愉快に書きたてて、当時の庶民の興味を強く惹いた事件でした。

愛ゆえの狂気

このふたりは駆け落ちをして愛し合っていたようです。しかしそれでも所詮は愛人関係。阿部定からすれば、石田吉蔵は他の女性と関係を持つことができてしまうと思っていたようで、彼を独占したいという考えから犯行におよんだといいます。
石田吉蔵を殺害したあと、局部を切断し、その血で「定、石田の吉二人キリ」というような文字を残していたそうです。

事件後の阿部定の行方

事件発覚後、阿部定の捜索について引き続いて起こる熱狂は「阿部定パニック」と呼ばれています。阿部定のような細身の女性が阿部定に間違えられて通報されると銀座や大阪の繁華街はパニックになり、それをまた新聞がおもしろおかしく書きたてたのです。
捜索の最中、阿部定は買い物をし、映画を観て過ごしていたといいます。大阪へ逃亡するために品川の宿にいた阿部定は警察に発見されて逮捕されますが、部屋に入ってきた警察官に向かって「阿部定を探しているんでしょ?あたしがお探しの阿部定ですよ」といい、そのあまりに落ち着いた態度に刑事たちは驚いたそうです。
阿部定は逮捕されると「私は彼を非常に愛していたので、彼の全てが欲しかった。私は彼の頭か体と一緒にいたかった。」と供述し、犯行を認めました。彼女は実刑判決を受けて服役していましたが、恩赦によって出所して、名前を変えて一般人として余生を過ごしていましたが、のちに失踪し、消息は不明のままです。
猟奇的な事件でもあり、激しすぎて求めすぎた愛ゆえの狂気でもある阿部定事件。しかしこの事件のメインテーマは性器を切り落としたことといっても過言ではないと思います。当時の報道でもこの事実をどのような言葉を使って説明するか苦慮したそうです。この事件をきっかけに、報道機関では性器部分をあらわす言葉として「局所」や「下腹部」が定着したと言われています。

今日の名言

「そうね、人間一生に一人じゃないかしら、好きになるのは。ちょっと浮気とか、ちょっといいなあと思うのはあるでしょうね、いっぱい。それは人間ですからね。けどね、好きだからというのは一人…」
1969年に製作された映画『明治・大正・昭和 猟奇女犯罪史』に63歳の阿部定本人が出演した際の言葉。世間から事件を好奇心の目で見させない真実を伝える映画にするということを条件に出演した。

About The Author

ウルサイ株式会社,モバイルスクール歴使家Kentaro Taga
「おもしろきこともなき世をおもしろく」と病床の幕末の志士が読みました。
看病していた尼が「すみなすものは心なりけり」と返しました。
ぼくはあなたにとってそんな尼のような人間になりたいと思っています。
すべては自分のこころしだい。

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